グランジの物語

オーストラリアので最も高く評価されるワインの伝説は、発明、情熱、リスク、決意の物語です。この作品は、マックス・シューバートのオーストラリアワインに対する大望を実現したものです。

「もしワイン醸造で成功をおさめたければ、すべてのワインメーカーはよい実りを生む想像力を持つべきだ。」

マックス・シューバート,

ペンフォールズの初代チーフワインメーカー

Penfolds Heritage Story of Grange Paper

1931

マックス・シューバートのオーストラリアのワイン産業で足跡を残すという決意の表れとして、彼はペンフォールズに入社するために何でもしました。入社をしたのは1931年のこと、メッセンジャーボーイとしてでした。1948年、33歳の時に、初代のチーフワインメーカーに就任しました。

Penfolds Heritage Story of Grange

1950

1950年後半、マックスはシェリー醸造方法の調査のためにフランスとスペインに派遣されました。ボルドーへの旅すがら寄り道をしているときに、マックスはフランスの熟成スタイルに感動し、インスピレーションを受けました。そして、独自の「何か違う、長持ちするもの」をつくりたいと夢見るようになりました。

Penfolds Heritage Story of Grange Barrels

1951

アデレードに戻り、1951年の収穫年のときに、マックス・シューバートは適切な「原材料」を別に保存するようにしました。
伝統的なオーストラリアの技術、ボルドーからの新しいアイディア、ペンフォールズで開発した精密なワイン醸造の実践を融合させ、マックスは最初の実験ワインを1951年に製造しました。」

Penfolds Heritage Story of Grange Winemakers

1957

マックス・シューバートはシドニーで経営陣とその友人、ワイン批評家に対して努力の結果を発表するように依頼されました。しかしマックスが恐れていたことが起こってしまい、全員がグランジを気に入らず、プロジェクトを終了させるように命じられてしまったのです。他のワインメーカーだったら、グランジをあきらめたかもしれません。マックス・シューバートは逆に成功への決意を新たにしたのでした。

Penfolds Heritage Story of Grange Magazine

20世紀後半

マックスは秘密裏にグランジヴィンテージの製造を続けました。3種のヴィンテージ、1957年、1958年、1959年をセラーの奥に隠したのです。最終的に1960年ヴィンテージに間に合うころ、ペンフォールズの経営陣はグランジ生産の再開を命じました。それ以来、グランジは国際的な認識と賞を受け取るようになりました。グランジ1990はワイン・スペクテイターに「今年最高の赤ワイン」と評されました。

Penfolds Heritage Story of Grange City

現在

グランジの世界で最も有名なワインという評判は今でも高まり続けています。2001年に50年目の誕生日を迎えたグランジは南オーストラリアの象徴的なヘリテージです。グランジの2008年ヴィンテージは、世界で最も影響力のあるワイン雑誌2誌から100点満点と評価されました。マックス・シューバートの素晴らしいビジョンは、ペンフォールズの幾世代のワインメーカーにより、育まれ、強化されてきました。

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